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よい教則本・わるい教則本?

今日は教則本について書いてみたいと思います。
先日ネットで、『大学オケの先輩に薦められてある教則本を練習してみたものの、退屈なだけでちっとも上手にならない。だからこの教則本は悪い教則本だ』という趣旨の文章をみつけました。
この手の感想は時たま耳にするのですが、本来教則本とはただ練習しただけで上手になるものではありません。”ある教則本”とはウェルナー・チェロ教則本なのですが、私が思うに、この方はおそらく、シュレーダーでもサポージニコフでもドッツァーでも同じ感想を言ったのではないでしょうか。たまたま出会ったのがウェルナーだったというだけの気がします。
例えば<楽譜1>はウェルナーの最初の方に載っている曲の一部なのですが、仮にこの曲を指番号の通りやみくもに何百回練習しても教則本が予定している効果は残念ながら期待できません(きっぱり)。

<楽譜1>
チェロに限らず弦楽器の奏法の基礎の基礎には「次の音に指を置くまで前の音に置いた指を離さない」というとても大切な約束があります。これは左手の動きを最小限にとどめて、かつ、正確な音程を取るために必要な非常に重要なルールです。(初心者に限らず、中・上級者でもこれが出来てない人多い)


<楽譜2>
<楽譜2>を見て下さい。赤い線を入れたのですが、この線は「ここまで指を離さない」という意味です。例えば最初の4指は次の1指を置くまで離してはいけません。3段目の3小節目あたりは少し複雑で、最初の4指は1指を置くまで離さず、1指は4指を置くまで離さず、4指は2指を置くまで離さない、となります。
この様に、ウェルナーに限らずマトモな教則本の練習曲には曲ごとに身につけるべきポイントがあり、そのポイントを知らずに曲を練習しても奏法は身につきませんし、その曲をやったということにはなりません。教則本を練習する意味がまったくないのです。
そして段階ごとに身につけるべき奏法を身につけずに教則本を進めていっても、曲はどんどん難しくなっていきますから途中で弾けなってしまうでしょう。

伝統的な教則本でそうしたポイントが曲ごとに丁寧に文章で書き添えてある本は残念ながらほとんどありません(メモ書き程度ならあります)。
しかし、マトモな指導者であれば練習曲を見れば説明がなくてもその曲で教えるべきポイントは分かります。実際のレッスンではそうしたポイントを念頭に置きながら、複数の教則本や楽曲を生徒の進度や自分の教え方に合わせて取捨選択して利用していくのが通常です。
そして教え方というものは教則本にではなく指導者個々に委ねられており、指導者の裁量の元レッスンが進められるのが一般的です。そうした使われ方をすることを前提に教則本は編纂されているのです。
なので、練習曲ごとに身につけるべきポイントが絞り込まれていれば、それで教則本としての要件は満たしており、それができていない教則本はよどのキワモノでもない限り淘汰されて市中には存在していません。

以上の理由から、良い・悪いがあるとしたら、それは教則本にではなく指導に、ということだと思います。
どんな教則本も指導によって良い教則本にも悪い教則本にもなりうる、ということです。これは指導する側の人間として、教本のせいにせず常に緊張感を持って取り組まなければいけない部分だと思っています。
その一方で、指導者にとって使い勝手の良い教本、使い勝手の悪い教本という捉え方は存在するでしょうね。

というわけで、練習曲を練習するときは「ここではなにがポイントか?」ということをまず押さえてから練習することをお薦めします。

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